『身の上話』

あり得ないことが日常にまぎれているという感覚(文中より)


これは怖い小説です。
タイトルからして『身の上話』というありきたりの日常を連想させます。主人公のミチルは、一見どこにでもいそうな代わり映えのない女の子です。小さな事件は起こりますが、なぁんだという感じです。
語り手が主人公の夫ですが、この夫はなかなか登場してきません。
しばらく退屈です。でも、私の好きな作家K氏のおすすめの本なので、必ず面白くなるはずなので、がまんして読んでいました。
そうしましたら、きました。とらえて離さない波が。あとは、波にのみこまれて一気に読みました。

宝くじ当選後の展開は興味深く、予測がつかずスリル満点でした。「身の上話」ということばの何気なさが、だんだん重くなってきます。このギャップがこの小説のこの作家の特徴なのかもしれません。

私が本当に怖かったのは、「あり得ないことが日常にまぎれているという感覚」(文中より)の想起です。
ミチルの幼馴染としてなかなか表に登場しない人物については、初めからブキミでした。
騒ぎ立てる人よりも、このように一見冷静で普通に生活している人が、実際怖いかもしれません。。
そして、この「日常にまぎれてーー」は、昔、過去の「横浜事件」「小林多喜二」や第二次世界大戦を知り、感じたときの怖さが蘇りました。この事件や戦争は遠い過去のことではなく、今も消えてはいない。人を殺した人がこの日常にまぎれて自分とおなじく生活しているんだ、と思ったときの恐怖…。

この本は、結末で決着があり、深い安堵感がありました。