『ことり』 

哀しく、愛おしい小説

 作家絲山秋子氏のHPを時々のぞきます。そのなかに「絲山賞」(絲山氏がその年に読んだ本のなかで一番面白かった本)があります。『ことり』は、その絲山賞の第10回受賞作品です。さっそく読んでみたくなりました。

 読後、切なく愛おしい余韻があとをひきました。それは今でも消えることはありません。日常でありながら、別の世界の扉を開けてくれる作品です。
こういう小説が書ける人はすごいなぁと思いました。

 人間の言葉は話せないが、鳥と会話ができる兄と、その兄を理解する弟。その二人の静かな生活の物語です。しんとした世界に、小鳥のさえずる声と夜のラジオの音が聞こえてくるようです。自分たちの大切なものをもち、その世界の中で寄り添って暮らす日常が細やかに丁寧に描かれています。

 世間との関係は希薄ですが、狭さは感じられません。むしろ永遠の拡がりさえ感じます。時々ざわつくことや残酷と思えることが起き、生活は乱されますが、どこまでも二人には小鳥の声が響きわたります。
 胸の中にそっと抱いておきたい大好きな本です。