『狂うひと』「死の棘」の妻 島尾ミホ            

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 この著者が、ある作家から「きみは文がうまいからが、本を書いてみたらいい」と言われ、書き始めたということを読んだことがありました。文がうまいと言われた人の文章を読んでみたいと思い、この本を手に取りました。ですから、きっかけは島尾ミホ島尾敏雄ではなく、梯久美子でした。こんなに分厚い本を最後まで読めるかなと思いましたが、夢中になり一気に読んでしまいました。

 島尾敏雄は小学生のときから亡くなるまで欠かさず克明に日記をつけており、それに基づいて小説を書いていたそうです。代表作「死の棘」もそのひとつで、私は以前、読みはじめ途中で息苦しくなり断念してしまいました。

 その「死の棘」は、実は……と、この「狂う人」を読むと、抱いていた印象が変わります。

 作家島尾敏雄は、本書によると、「業の浅さ」に小説家としてのコンプレックスがあり、「生々しい手応えのある悲劇を家庭内に求めてきた」とあります。「…小説を書く人間でなければ、トシオはミホと暮らし続けることはできなかっただろう。ミホの存在は、何よりも作家島尾敏雄にとって必要だった…」と。かたやミホは、何をしても許される生来の地位を取り戻すのに狂う必然性があったと。

 あの「出来事」が、偶然ではなく必然であるというのは、私にとっては驚愕のことですが、著者は、敏雄が求めていた以上の悲劇だったのでは―と、とらえています。ゆかりの人へ丁寧な取材をし、膨大な日記や書物を丹念に読み解いて、隠れた事実を浮き彫りにしていった過程はすごい説得力があります。そして自身が感じた違和感、直観を解明していく姿は、謎解きのミステリーのようで、ゾクっとさせられます。

 しかし、最後の「三人の遺品」は、何とも言えない余韻を残してくれました。これを残していたミホ、最後の最後にみせてくれた著者に、なぜかありがとうという言葉がでてきてしまうのです。

 ミホを育んだ「南島」について興味をそそられました。ミホの「海辺の生と死」を読んでみたいと思います。島尾敏雄の同人誌の仲間であった矢山哲司を書いた、松原一枝の「お前よ美しくあれと声がする」も。また、長男の島尾伸三(島尾夫妻の被害者とどうしても思ってしまう)の「小高へ」「東京~奄美損なわれた時を求めて」。もちろんこの著者の他の本もです。

読んでみたいものが芋づる式にたくさんでてくるのは、生きる力、エネルギーをもらったようでもあります。