『怒りの葡萄』 大久保康雄訳

 不朽の名作を実感

 世界の名作といわれる長編を、苦しむことなく一気に読んだのは初めてです。長編はなかなか登場人物や状況が、頭にはいるまで四苦八苦し、途中挫折することが多いですが、最初から引き込まれました。
 この本を読む前に、「二十日鼠と人間」を読んで感動し、スタインベックの他の作品も読んでみたくなり、この代表作を手にとりました。

 世界恐慌の不況下、資本主義による農業の機械化と、土地の深刻な干ばつと砂嵐に見まわれたアメリカのオクラハマが舞台です。

 不毛にあえぐ農民たちが土地を追われ、仕事があるといわれるカリフォリニアを目指しました。トムたちジョード一家も家財を売り払って、やっと手に入れたおんぼろトラックで移動します。あまりの過酷な長旅に、途中祖父母が亡くなり、兄たちが逃亡します。困難をのりこえてやっとたどりついたカリフォルニアは、難民があふれ、厳しい状況で、夢が木っ端みじんに打ち砕かれます。あるといった仕事は、低賃金で、命をつなぐのがやっとです。富める者はますます富み、貧しいものはますます貧困を極めるという資本主義の格差社会でした。

 理不尽で不条理ななかで、次々と襲い掛かる不幸や悲惨なできごとに、胸がしめつけられましたが、読後、全体を通して、太く温かな血が流れているの感じました。それは、人間の不屈な精神です。苦境に負けまいとする人たちの姿、あきらめないで生きる姿、弱いものにたいする思いやりの心です。

 とりわけ、母親の逞しさに感動しました。その存在感は抜群です。家族の中心でもあります。やっと手にいれた食材で、家族のために食事を作るところがたくさんでてきます。食事の場面がでてくるとほっとしました。
 時には豚の脂身のスープ、時にはベーコンのスープ、時には馬鈴薯のシチュー、ポークチョップ、馬鈴薯のいためもの、沸かしたコーヒー、どれも、温かな湯気がたっているのが見えるようです。
 声が聞こえそうです「さぁ、お食べ、食べないと力がでないからね」と。
そしてその声は、飢えた自分たちよりさらに飢えた人たちにもむけられるのでした。
 
 不朽の名作だと思います。社会の出来事や歴史を理解するには、人物や人の生活を描く小説は、すごい力があると改めて思いました。