『袋小路の男』

すてきな恋愛小説です
 
読み終えた後、もう一度読み返しました。すぐ続けて読むのは私には珍しいです。読み飛ばしたものがあったからではありません。いい気持ちをもう一度味わいたかったからです。

 大日方日向子と小田切孝の物語です。ふたりは、高校の先輩と後輩で、小田切孝は袋小路にある家に住んでいます。
 二人はつかず離れず12年間つきあっています。一方的な片思いから始まった日向子は、寂しく切ない思いをいっぱいしました。「片思いが、蛇の生殺しのように続いていくのがとても苦しかった」とあります。
 しかし、肝心のときに、お互いがかけつけそれぞれの向かい方で寄り添います。お互いを理解しています。小田切孝が家の階段から落ちて背骨を折って入院したとき、日向子は大阪から通って付き添います。
日向子が上司との情事で妊娠し堕胎するときに、小田切孝が病院に付き添います。

 小田切孝は、なかなか文学賞に応募しても落選ばかりです。ジャズバーでアルバイトをしながら書き続けています。
「あなたが自分のことを作家だと言ったときから、私はあなたが作家だと思っている」この日向子のことばがすごいです。ここがこの小説の心臓部だと思います。

「冷蔵庫をいきなり開けられるのは、スカートをまくられるよりびっくりする」という日向子です。

 最後は、憎いほど素敵です。ここをもう一度味わいたくて、2度読み返したのです。
この二人の20年後はどうなっているかしらと想像してみます。きっとこのまま変わらず、二人は結婚はしていないでしょう。いい関係だからです。

こういう純愛小説を書ける作家絲山秋子は、かっこいいなあと思いました。