『起終点駅 ターミナル』

雪と潮風の匂い、澄んだ余韻

 映画を観て、原作を読んでみたいと思い、本を手にしました。桜木紫乃さんの本は初めてでした。まず、長編だと思っていたので短編であったことにおどろきました。1冊にこの他5つの短編おさめられています。
 本の表紙の絵は、内容にこの絵のような印象はないので違和感がありました。

 映画は、佐藤浩市、本田翼(私には初めての役者さんでしたが)、尾野真千子の花のある役者さんたちがそろっていました。いい映画でした。原作と違うところがいくつかありました。主人公鷲田完治は、映画では、最後、息子の結婚式には出席することになり、終点駅が、希望に向かう始発駅になるのを感じさせます。しかし原作では、出席せずおだやかな諦念の気持ちに包まれながらも、静かな再生の余韻が残りました。どちらもいいです。

 1度目に読んだときは、映画の影響で、特に印象的だった佐藤浩市の表情がどうしても本の中に現れてきてしまいました。
 2度目に読んで、映画の印象が少し払拭されました。
 完治は、冴子と再会したことで自分が立っている位置がはっきりと見えたとあります。裁判官としての仕事、妻と息子との家庭生活、順調に進んでいるようだが、言いようのない焦燥感を感じていると。
 そして、冴子と再び関係をもった時、自分が妙に安堵し、今まで手にしてきた幸福が自分に過ぎたるものだったことを自覚します。
 そして、完治は今までの幸福を捨てることを決意するのですが…。
人の感情の深いところは複雑です。

 その後、冴子の死から長い年月が過ぎ、最果ての地で完治は、人との関わりを避け、国選弁護士としてひっそりと暮らしています。
そんな完治に、冴子の面影をもった敦子との出会いから、変化が訪れます。

 人の心の影を深く静かに描いていて、桜木紫乃氏の本は、澄んだ余韻があります。それは雪と潮風の匂いをともなって細くいつまでも続きます。

 他に本に収められたなかで、「潮風の家」が心に残りました。悲しい物語ですが、85歳のたみ子の明るさと逞しさがまぶしいです。たみ子も千鶴子も翻弄された自分の運命に、気持ちの清算をしてひっそりと健気に生きています。
 千鶴子にテレビを送ってもらったたみ子に、よかったねと、涙ぐんでしまいました。